数日前から、2018年11月10日の記事へのアクセスが急増している。どうも、「を」の字の発音に関する話題が盛り上がり、その影響で当ブログを見に来る人が増えたようだ。
だが、上の記事はあくまで2chスレッドの検証。そのため、話題は絞られていないし、余計な情報も多い。そこで、「を」の字の発音に関する情報だけの記事を作った。
「自分は『お』と『を』を区別して発音している」と言う人がいる。だが、その自己申告は当てにならない。なぜなら、自分の発音を意識した途端、それは自然な発音ではなくなってしまうからだ。それに、このようなことを言う人は、十中八九、歴史的仮名づかいも知らなければ、「条件異音」という概念も知らない。大方、単なる異音を見つけては「区別している」と針小棒大に騒ぎ立てているだけだろう。
現代の日本語では、「お」の字と「を」の字の発音に違いはない。例えば「おと(音)」の1拍目も「をとこ(男)」の1拍目も、全く同じように発音される。「ぎおん(擬音)」と「ぎをん(祇園)」は同音だ。
一方、10世紀以前の日本語では、「お」はo、「を」はwoと発音されていた。だが、11世紀に入った頃から区別が失われ、どちらもwoと発音されるようになった。Woの音は江戸時代にはoとなり、現代に至っている。
なお、松山方言にはoとwoの両方の音があるが、これは語源や歴史的仮名づかいとは無関係の条件異音であり、同じ音素とみなせるものだという*。
さて、助詞の「を」だけをwoと発音する人がいるが、これは、「『を』はワ行だからwoだろう」という類推による過剰修正と考えられる。
くだけた話し言葉では、助詞「を」はしばしば脱落する。つまり、助詞「を」は、目的語を強調する際などに意識的に使われることが多いということだ。そのため、勢い理屈に頼ることになり、woという不自然な発音をでっち上げてしまうのだ。
実際、「気をつける」などの「を」を脱落させない方が自然な表現では、woという非標準的な音は現れにくい。助詞「を」をwoと発音している人でも、「気をつける」と言う時は「を」をoと発音することが多い。
一方、歌では、助詞の「を」はしばしばwoと発音される。だが、歌でwoと発音されるのは助詞の「を」に限ったことではない。「行こう」をyukowo、「チョーク」をchowokuと発音するような、語源とも表記とも無関係のwo音も珍しくない。
また、同じ曲の中で「行こう」をyukooと歌ったりyukowoと歌ったりするように、発音の不統一もざらにある。
* 異音か別の音素かの判定と当事者の意識